詩論万歳

あまりにもだるかったので、詩論ばかり集めてみました。
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三十一文字のパレット〈3〉花咲くうた (単行本)

出版社 / 著者からの内容紹介
めぐる季節、変わる街並み、揺れる心……うつろいやすい日々のなか、ふと立ち止まる一瞬を捉えた、選りすぐりの短歌を読み解く現代短歌鑑賞記

内容(「BOOK」データベースより)
めぐる季節、変わる街並み、揺れる心…うつろいやすい日々のなか、ふと立ち止まる一瞬を捉えた、選りすぐりの短歌を読み解く現代短歌鑑賞記。

大木惇夫/蔵原伸二郎 (文庫)

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
大木 惇夫
明治28年、広島県に生れる。北原白秋の門に入って詩作の途を歩み、大正14年に刊行の第一詩集「風・光・木の葉」で国ぶりの抒情を犀利な感覚で簡勁に歌って詩壇に地歩を築く。翌15年に「秋に見る夢」、昭和5年「危険信号」等の作品集がなるが、やがて開戦後の同17年、海軍報道班員として赴いた先のインドネシアのジャカルタで「海原にありて歌へる」を出版、戦争詩の精華として広く愛誦された。昭和52年歿

蔵原 伸二郎
明治32年、熊本県に生れる。慶大仏文科に学び、萩原朔太郎の影響下に早くから詩作を試みたが、それが知られるより前、他方で創作の筆をとるようになっていたのが「猫のゐる風景」として昭和2年に刊行されたのを、文学活動の出発とする。続く小説集「目白師」を同14年に出すが、その前後から「コギト」「四季」等に詩作品を発表していたところ、同年処女詩集「東洋の満月」を刊行、悠遠なアジアの詩魂を雄渾に歌った一巻によって詩人としての名を馳せ、「戦闘機」「天日のこら」の作品集のある戦中を挟み、戦後は「乾いた道」を経て、進境を昭和39年の「岩魚」に写したのが再び高い世評を集めるに至った折柄、翌40年歿(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

道頓堀の雨に別れて以来なり―川柳作家・岸本水府とその時代〈中〉 (文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
大阪の川柳結社「番傘」を率いた岸本水府と、川柳に生涯を賭けた盟友たち…。川柳への深い造詣と敬愛で、その豊醇、肥沃な文学的魅力を描き尽す伝記巨篇。中巻は、革新川柳の抬頭から、水府の広告マンとしての活躍、関東大震災、「番傘」を彩った作家たち銘々伝。泉鏡花文学賞・読売文学賞受賞。

書簡集 空と祈り―『遺愛集』島秋人との出会い (単行本(ソフトカバー))

内容(「BOOK」データベースより)
人間・島秋人の原点がここにある。死刑囚としての罪の意識と人としての生きる悲しみに苦悩しながらも、生かされることのすばらしさを語る島秋人。彼の短歌に感動し、花の差入れと文通を最後まで続けた女子学生・前坂和子。暖かな思いやりと優しさにあふれた往復書簡集。

内容(「MARC」データベースより)
死刑囚としての罪の意識と人としての生きる悲しみに苦悩しながらも生かされることのすばらしさを語る島秋人。彼の短歌に感動し文通を最後まで続けた女子学生。処刑の翌1968年刊の私家版を再刊。〈ソフトカバー〉

現代詩の鑑賞101 (単行本(ソフトカバー))

内容(「MARC」データベースより)
及川均、吉岡実から、鮎川信夫、田村隆一、石垣りん、茨木のり子、谷川俊太郎、吉増剛造、戦後生まれの荒川洋治、伊藤比呂美まで、現代詩の代表作101篇を選集。詩人による丁寧な解説付き。〈ソフトカバー〉

俳句とエロス (新書)

出版社 / 著者からの内容紹介
草城、子規、漱石から楸邨、ちづこまで
これがエロティシズム俳句だ!
連作俳句「赤い月」
赤い月にんげんしろき足そらす 富澤赤黄男
句集『魚の骨』(『現代俳句三』所収)の中の句です。「赤い月」と題する連作俳句五句中の一句。(中略)赤黄男句は、行為の瞬間の「女」の「足」の動きを描写していますので、一句から受ける印象が、大変エロティックになっています。ただし、不思議に猥褻感は、まったくありません。一句を読んだ後で読者に残るのは、「女」の白い「足」のエロティシズム。この一句は、もちろんのこと、五句全体、特にメタファーを用いながらの、朧化表現によって形象化されていることが、文芸作品としての質を保つことになったのだと思います。<本書より>

内容(「BOOK」データベースより)
草城、子規、漱石から楸邨、ちづこまでこれがエロティシズム俳句だ。

定本 現代俳句 (単行本(ソフトカバー))

内容(「BOOK」データベースより)
近現代俳句のすぐれた鑑賞書であり、俳句の奥深さと可能性をあますところなく伝える不朽の名著。昭和時代を中心に、正岡子規にはじまる現代俳句の流れを展望し、俳句という詩型による近現代の俳人の決意を読みとる。また、季題や切れ字などの表現について独自の考えを述べ、俳句の本質や俳句固有の方法にふれて、読者自身に考えるいとぐちと鑑賞の手がかりを与える。主要俳人の名句鑑賞をとおして日本的感性の研究を試みた、究極の俳句入門書。

内容(「MARC」データベースより)
近現代俳句のすぐれた鑑賞の書であり、俳句の奥深さと可能性を余すところなく伝える不朽の俳句入門書。昭和時代を中心に、近現代俳句の流れを展望。また俳句の表現方法などを解説し、鑑賞の手掛かりを与える。〈ソフトカバー〉

大木惇夫/蔵原伸二郎 (文庫)

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
大木 惇夫
明治28年、広島県に生れる。北原白秋の門に入って詩作の途を歩み、大正14年に刊行の第一詩集「風・光・木の葉」で国ぶりの抒情を犀利な感覚で簡勁に歌って詩壇に地歩を築く。翌15年に「秋に見る夢」、昭和5年「危険信号」等の作品集がなるが、やがて開戦後の同17年、海軍報道班員として赴いた先のインドネシアのジャカルタで「海原にありて歌へる」を出版、戦争詩の精華として広く愛誦された。昭和52年歿

蔵原 伸二郎
明治32年、熊本県に生れる。慶大仏文科に学び、萩原朔太郎の影響下に早くから詩作を試みたが、それが知られるより前、他方で創作の筆をとるようになっていたのが「猫のゐる風景」として昭和2年に刊行されたのを、文学活動の出発とする。続く小説集「目白師」を同14年に出すが、その前後から「コギト」「四季」等に詩作品を発表していたところ、同年処女詩集「東洋の満月」を刊行、悠遠なアジアの詩魂を雄渾に歌った一巻によって詩人としての名を馳せ、「戦闘機」「天日のこら」の作品集のある戦中を挟み、戦後は「乾いた道」を経て、進境を昭和39年の「岩魚」に写したのが再び高い世評を集めるに至った折柄、翌40年歿(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

日本近代短歌史の構築―晶子・啄木・八一・茂吉・佐美雄 (単行本)

内容(「BOOK」データベースより)
和歌から短歌へ、近代短歌から現代短歌へ、新たな視点で構築する短歌史。今まで個別の点として捉えられていた歌人・歌集を線として繋ぎ、三十一音に凝縮された豊穣な世界を読みとる。

内容(「MARC」データベースより)
和歌から短歌へ、近代短歌から現代短歌へ、新たな視点で構築する短歌史。今まで個別の点として捉えられていた歌人・歌集を線として繋ぎ、三十一音に凝縮された豊穣な世界を読みとり、連綿と繋がる歌のこころに迫る。

いつかまた会える―顕信:人生を駆け抜けた詩人 (単行本)

出版社/著者からの内容紹介
●香山リカからのメッセージ
「私って何?」「私の居場所はどこ?」「誰が私を好きになってくれるの?」
 顕信は、自分の人生そのものを使って、その果てのない問いにこう答えているような気がしてならない___答えは今、出なくたっていいのさ。今じゃなくてもいつか、自分じゃなくても誰かの手で、答えが出ることだってあるのだから。ほら、僕がそうであったみたいに。
顕信は私に似ていた。いや、私だけでなく、みんなに似ている。「私」にこだわり、夢を持ったり自信をなくしたり、「淋しい」とすぐ口にしてしまったかと思えば、意外な強がりを見せてみたり。そんなところは、まさに「私と同じ」だ。何もなさそうに見える人生でも、生きていればいろいろあるじゃないか。一人で生きていたって、悪いことばかりじゃない。
●住宅顕信(すみたくけんしん)とはいったい誰なのか?
1961(昭和36)年3月21日 岡山県岡山市に生まれる。本名・春美。
小学生の頃は、マンガを描く事が好きで、漫画家になりたいと思っていた。
中学卒業後、下田学園調理師学校入学。同時に岡山会館に勤務。5歳年上の女性と知り合い、その後8ヶ月ほど同棲。この頃から詩、宗教書、哲学書に親しむ。
1980(昭和55)年、岡山市役所で清掃の仕事に従事する傍ら、仏教書を熱心に読み、友人と連日のように宗教の話をする。
1982(昭和57)年、9月から中央仏教学院の通信教育を受講。翌年4月修了。
1983(昭和58)年、7月。京都西本願寺で出家得度。浄土真宗本願寺派の僧侶となる。10月、結婚。自宅の一部を改装し無量寿庵という仏間をつくる。
1984(昭和59)年、2月。急性骨髄性白血病のため岡山市民病院に入院。6月、岡山市役所を休職。長男春樹誕生。妻の実家の希望で離婚。長男は住宅家が引き取り、病室での育児が始まった。この頃より熱心に句作にはげみ、自由律の俳句を耽読。特に尾崎放哉には心酔し、「尾崎放哉全集」を徹底的に読み込む。
1985(昭和60)年、句集「試作帳」を自費出版。自由律俳句誌「海市」に参加。
1986(昭和61)年、「海市」に発表した俳句が反響を呼ぶ。病状悪化。
1987(昭和62)年2月7日、死去。享年25歳。
1988(昭和63)年、弥生書房より住宅顕信句集「未完成」出版。
1989(平成元)年、「俳句とエッセイ」10月号で「住宅顕信の世界」を特集。
1993(平成5)年、岡山市内に句碑「水滴のひとつひとつが笑っている顔だ」建立。
2002(平成14)年、「ちびまるこちゃんの俳句教室」に「ずぶぬれて犬ころ」収録。
●目次
第1章 傷つけた人たちへ
私の人生には何もない/何のために生きているのか、わからない/顕信の発見
夭折の天才/尾崎豊と顕信
第2章 生きるのってやるせない
顕信を探す旅のはじまり/住宅顕信の生涯/過剰な自意識、私へのこだわり
若さとはやるせないもの/私が不治の病だったら/顕信の恋愛
第3章 すぐそこにある<死>
病気、離婚、長男誕生/自由律俳句への傾倒/迫り来る「死」/鬼束ちひろと「傷つきやすい私」
第4章 だれかにそばにいてほしい
「淋しさ」と「不安」/『尾崎放哉全集』への書き込み/心にぽっかりあいた穴
第5章 どこかにある夢
病室の顕信/死を目前にして語る「夢」/金子みすずと顕信
第6章 私が私であるために
顕信の“自分さがし”/自分史ブームと自費出版/生涯を超えて「夢」をかなえた顕信
終章  いつかまた会える
死してなお輝く命/いつか必ず出会える、見つけてくれる/再び、尾崎豊と顕信
顕信は「私と同じ」だ/生きていれば、いろいろあるじゃないか


内容(「MARC」データベースより)
25歳で夭折した自由律の俳人住宅顕信の俳句と生涯は、いまの若者たちの心を間違いなく揺り動かす-。なぜ今、顕信なのか。現代のカルチャーや救いの問題などを重ねつつ、顕信に捧げるオマージュ。

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